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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1174号 判決 1973年4月23日

控訴人 村松正雄

右訴訟代理人弁護士 浦井鶴太郎

被控訴人 真島俊夫

右訴訟代理人弁護士 小出良政

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一〇〇万円とこれに対する昭和四五年八月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、援用、書証の成立についての認否は、次に附加訂正するもののほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一、原判決二枚目表二行目の「これが貸付日」以下同四行目の「その」までを「催告期間満了の日の」と改め、当審における請求元本額金一〇〇万円に対する附帯請求を昭和四五年八月六日以降の年五分の割合による遅延損害金のみに減縮する。

二(一)、本件連帯保証契約は、控訴人と被控訴人の代理人である訴外阿部徳一との間で締結されたものである。

訴外阿部徳一は、当日、活字印刷された「借用証書」と題する用紙における金額欄の「一金」の下の余白部分に「百弐拾萬円也」と記入したものを被控訴人のもとに持参し、その連帯保証人欄に被控訴人の署名押印を要請した。被控訴人は、これに応ずるとともに、訴外阿部徳一の指示に従って二個所にいわゆる捨印を押捺したことにより、訴外阿部徳一が控訴人より金一二〇万円を借入れることに基づいて控訴人に負担すべき債務につき、訴外阿部徳一において被控訴人を代理して被控訴人の名において控訴人と連帯保証契約を締結する権限を付与したものである。控訴人は、訴外阿部徳一から、右のとおり被控訴人の署名捺印のある借用証書を提示されたので、慎重を期するため電話をもって被控訴人に前記連帯保証契約を締結する意思のあることに間違いはないかを確めたところ、被控訴人よりこれを肯定する趣旨の返答があった。そこで控訴人は、前記用紙によって作成された甲第一号証を訴外阿部徳一から徴したうえ、同人に金一二〇万円を控訴人主張のような約旨により、被控訴人の連帯保証のもとに貸しつけたものである。

(二)、仮りに被控訴人が訴外阿部徳一に右のような方法によって付与した代理権が控訴人において訴外阿部徳一に金一二〇万円を貸しつけることに基づく主債務について控訴人と連帯保証契約を締結することにまで関するものではなかったとしても、被控訴人は、主債務の元本額はともかく、訴外阿部徳一に同人の控訴人からの金員借入に基づく主債務につき控訴人と連帯保証契約を締結することに関する代理権を付与したことを控訴人に対して表示したものというべきであって、訴外阿部徳一が被控訴人から右のような範囲の代理権を付与されていたにすぎないにもかかわらず、同人において控訴人から金一二〇万円を借受けたことに基づく債務につき、被控訴人を代理するものとして被控訴人名義で控訴人とした連帯保証契約の締結は、被控訴人の前記表示にかかる代理権を踰越したものというべきところ、控訴人は、訴外阿部徳一が右権限外の行為につき被控訴人を代理する権限を有するものと信じたのであるから、被控訴人が当該行為につき民法第一〇九条および第一一〇条の規定に基づき本人として責に任ずべきことは当然であるといわなければならない。

(被控訴人の主張)

被控訴人が訴外阿部徳一に対し、同人の控訴人からの金員借入に基づく債務について被控訴人名義により控訴人と連帯保証契約を締結することを承諾したのは、金二〇万円の借入による主債務に関するものに限定されていたのである。そのことは、被控訴人において訴外阿部徳一の要請に応じて署名捺印した控訴人主張の借用証書の用紙に、当時訴外阿部徳一が控訴人より借入れるべき金額が「一金弐拾萬円也」と表示されていたところからも明らかである。訴外阿部徳一が右書類を控訴人に届けたのは、被控訴人の使者としてしたにすぎないものである。すなわち、被控訴人は、訴外阿部徳一が自らの控訴人に対する債務につき被控訴人を代理して控訴人と連帯保証契約を締結することに関する権限を付与したものではない。にもかかわらず、訴外阿部徳一はほしいままに右書類中における「一金弐拾萬円也」の記載を「一金百弐拾萬円也」と改ざんして控訴人に差入れたものである。要するに、被控訴人が訴外阿部徳一の控訴人に対する借受金債務につき連帯保証の責を負うのは金二〇万円を元本とするもののみに限られるものというべきである。

(証拠)<省略>

理由

一、本件控訴は、原判決中、被控訴人において訴外阿部徳一の控訴人に対する金二〇万円の債務につき連帯保証したことを理由として、本訴請求を右金額およびこれに対する昭和四五年八月六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金に関する範囲において認容した部分以外に対するものである。

二、そこで本件における被控訴人の連帯保証が、右金二〇万円の限度を越えて、控訴人の主張するとおり訴外阿部徳一の控訴人に対する主債務の全部に及ぶものであるかどうかについて考察することとする。

(一)甲第一号証における訴外阿部徳一及び被控訴人の各署名捺印がそれぞれ本人によってなされたものであることについては、本件当事者間に争いがないところ、被控訴人は、甲第一号証の金額欄における「百弐拾萬円也」の手書きによる記載は、被控訴人において甲第一号証に署名捺印した当時には「弐拾萬円也」とあったのがその後訴外阿部徳一によって改ざんされたところにかかるものであると主張する。

甲第一号証の金額欄における前記手書き部分を検するに、「百」の文字と「弐拾萬円也」の文字とが機会を異にして別々に書込まれたものであるかどうかについては、当該記載自体からは、そのいずれであるともにわかには断定しがたい。しかしながら、当審における被控訴人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一号証と当審における証人田中稲喜の証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の各結果並びに右被控訴人本人尋問の結果(後記各措信しない部分を除く)を総合すると、つぎの事実が認められる。

1.控訴人は、昭和四五年五月二七日訴外阿部徳一から金一〇〇万円の借用を申込まれたについて、かねて同人に貸しつけていた合計金二〇万円が未だ弁済されていなかったところから、この金額と新たに貸借すべき金一〇〇万円とを合算した金一二〇万円の同人の控訴人に対する債務について然るべき人において連帯保証をするならば右借用申込に応じてもよいと答えたところ、被控訴人がその連帯保証人になってくれるとのことであった。

2.そこで控訴人は、不動文字を活字で印刷した借用証書の用紙を訴外阿部徳一に対し、これに必要事項を記入して控訴人へ差入れることを求めた。

3.訴外阿部徳一は、前記用紙の借用金額欄に「弐拾萬円也」、債務者欄に自らの住所氏名をそれぞれ記入しかつ右氏名の下に捺印したものを携えて、即日被控訴人をたずね右書類を呈示したうえ、控訴人から金二〇万円を借用するについてその連帯保証人になってもらいたいと要請した。

4.被控訴人は、訴外阿部徳一の要請に応じて、右用紙の連帯保証人欄にその住所氏名を自書しかつ名下に捺印したほか、訴外阿部徳一の指示する二個所にいわゆる捨印を押捺してこれを訴外阿部徳一に渡した。

5.ところが訴外阿部徳一は、被控訴人に無断で、前記用紙中借用金額欄の活字印刷にかかる「一金」の文字と前記のとおり自ら手書きした「弐拾萬円也」の文字との間の余白部分に「百」の文字を記入した(かくして作成されたものが甲第一号証である)うえ、同日控訴人にこれを差入れ、控訴人から金一〇〇万円を借入れた。

6.控訴人は、訴外阿部徳一に金一〇〇万円の右貸付金を交付する前に、被控訴人において甲第一号証により連帯保証契約を締結することに異議がないかどうかを確めるため被控訴人に電話をかけたのであるが、その際訴外阿部徳一に対する貸付金の元本額についてはもちろん、被控訴人の連帯保証の範囲に関しても全く言及するところがなかったし、被控訴人も連帯保証をすることについては承知していると答えたのみで、その保証の限度を特に明らかにする発言はしなかった。

前掲証言及び被控訴人本人尋問の結果中には、訴外阿部徳一が昭和四五年五月二七日控訴人から借受けた金員の額につき右認定に牴触する部分があるけれども、いずれも訴外阿部徳一からの事実に反する伝聞にかかるものであることが明らかであるので、これらをもって前記認定を左右するにはあたらないし、右被控訴人本人尋問の結果中、控訴人から被控訴人に前記6において認定したような確認のための電話があったことはないとの趣旨の部分は措信しがたく、他に前記認定を覆すに足りる証拠は存しない。

(二)1.ところで、控訴人は、主債務の元本額を金一二〇万円とする本件連帯保証契約は被控訴人からそのための代理権を付与された訴外阿部徳一と控訴人との間において締結されたものであると主張する。

しかしながら、控訴人の右主張にかかるような被控訴人の訴外阿部徳一に対する代理権の付与を認めうる証拠は存しない。かえって、叙上の認定事実からすれば、被控訴人が訴外阿部徳一の控訴人に対する債務につき控訴人と連帯保証契約を締結するため、甲第一号証に署名捺印してこれを訴外阿部徳一に渡したのは、自らの決定した意思すなわち訴外阿部徳一の控訴人に対する元本額を金二〇万円とする債務につき連帯保証をする意思を書面上表明し、訴外阿部徳一を使者としてこれを控訴人に伝達させるにあったものとみるのが相当である。

してみると、控訴人の前掲主張は理由がないものといわなければならない。

2.控訴人は、さらに、被控訴人が訴外阿部徳一の代理行為につき民法第一〇九条及び第一一〇条の規定により本人として責任を負うべきものである旨主張する。

しかしながら、控訴人の主張するように被控訴人が訴外阿部徳一に同人の控訴人からの金員借入に基づく主債務につきその元本額の点はともかくとして控訴人と連帯保証契約を締結することに関する代理権を付与したことを控訴人に対して表示したことを認めるに足りる証拠はなく、右1において判示したところに徴して明らかなごとく、被控訴人は訴外阿部徳一を使者として自らの決定した連帯保証に関する意思を控訴人に伝達させるため控訴人のもとにつかわしたにすぎないものであるから、控訴人の右主張は、そのままでは前提を欠くものとして採用の限りではないものというべきである。さりながら、使者の権限外の行為についても、相手方においてこれを本人の意思に基づくものであると信ずべき正当の理由のある場合には、代理人がその権限外の行為をした場合と同様に、相手方を取引上保護する必要があるものと解すべきである。もっとも、使者には、本件の事例のように、本人によって完成された意思を相手方に伝達することのみをゆだねられたいわゆる伝達機関にすぎないもののほかに、本人の決定した意思を相手方に表示することによって完成しかつこれを伝達するためのいわゆる表示機関に属するものとがあるところ、伝達機関としての使者の場合についても表見代理の法理を類推適用すべきかどうかについては問題の余地なしとしないのであるが、その点はしばらく論外として、本件において訴外阿部徳一が前掲(一)において認定したとおり、被控訴人から元本額金二〇万円の範囲において訴外阿部徳一の控訴人に対する主債務につき連帯保証をする旨の意思の伝達をまかされた使者であったにもかかわらず、その限度を越える伝達をしたことにつき、被控訴人において本人として控訴人に対しその責に任ずべきものであるかどうかについて検討を加えて置くこととする。

前掲(一)における6の認定事実に照らすときは、控訴人において、被控訴人が訴外阿部徳一の控訴人に対する元本額を金一二〇万円とする債務につき控訴人と連帯保証契約を締結することに関する意思の伝達を訴外阿部徳一にゆだねたものと信じたとしても、そのように信じたことにつき控訴人は過失の責を免れないものといわなければならない(被控訴人は、訴外阿部徳一との間の代理関係を否認し、控訴人主張の元本金一二〇万円の主債務のうち金二〇万円を越える部分につき連帯保証の責に任ずべきことを争うものであるが、その趣旨からみて控訴人の主張する表見代理につきその成立を妨げるべき一切の事由を主張しているものと解するのが相当である)。左にその理由を詳述する。

控訴人は訴外阿部徳一から甲第一号証の差入をうけて同人に新たに金一〇〇万円を貸しつけるにあたり、被控訴人が訴外阿部徳一の控訴人に対する元本額金一二〇万円の主債務につき連帯保証をすることに異議がないかどうかを確めるために、わざわざ事前に被控訴人に電話をかけながら、主債務の元本額についても連帯保証の範囲についても皆目触れることなく、被控訴人からも連帯保証の限度を明示することなく、ただ訴外阿部徳一のため連帯保証することについては承知している旨の返事を聞いたのみで、直ちに被控訴人において訴外阿部徳一の控訴人に対する元本額金一二〇万円の主債務につき連帯保証をすることを承諾したものと信じたことについては、とうてい軽率のそしりを辞するに由ないものというべく、その点において控訴人には過失があったものといわざるをえない。

してみると、民法第一〇九条及び第一一〇条の規定の適用により表見代理につき被控訴人が本人として責に任ずべきものであるという控訴人の主張もまた、これを被控訴人の使者としての訴外阿部徳一による権限外の行為に流用するとしても、失当であるといわなければならない。

三、さすれば、控訴人の本件請求中原判決が認容した以外の部分についてはこれを棄却すべきものであるところ、これと趣旨を同じくする原判決は相当で、本件控訴は理由がないので、これを棄却すべきものとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条及び第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 桑原正憲 裁判官 西岡悌次 青山達)

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